この記事を読んでいただきたい方:
業者から「交換しかない」と言われ、高額な工事費に頭を抱えているオーナー様、建物の維持年数と交換費用が割に合っていないので、暫定補強でもしのぐ方法があるか調べているオーナー様に向けた記事です。
【注意】
建物の維持年数と足並みを合わせる暫定補強の成功例です。建築セオリーとはやや異なる、「餅は餅屋」の鉄骨補強工事の実例ですので、すべてのケースにおいて最適解となる工事ではありません。
目次
崩落事故が起きる前に
「これは修理不能です」――複数の業者に断られ、途方に暮れたオーナー様からご相談をいただいたのは、築40年、おそらく業者によるメンテ履歴のないアパートの共用廊下の補修です。
いつ崩落事故が起きてもおかしくない危険な状態で、老朽化したアパートの廊下が崩落し、入居者が転落する事故は後を絶ちません。
参考:アパートの廊下が崩落、3m落下した2人重傷。引っ越し作業中:読売新聞
崩壊事故が起きる前にご相談をいただけて良かったです。危機管理はオーナー様の役目です。
なぜ、「補強工事不可」と判断されたのか
「これは修繕不可能」という判断は、無理はないと思います。理由は下記です。
- 構造鉄骨がすでに機能を失っている(溶接に必要となる、通電もできない)
- 鉄骨のまわりにアルミ製品などの付帯設備があり、鉄骨内部に手が入らない
- 崩壊の危険性が高く、交換をして安全性を確保すべき条件がそろっている
廊下を支える外周の鉄骨フレームは、内部まで腐食が進行し、もはや鉄としての強度を失っていました。このような状態では、溶接をしても母材がもたず、塗装をしてもすぐに剥がれてしまい、保護効果が見込めません。
また、アルミ手すりや付帯設備があるために、鉄骨全体が露出しておらず、補強しようにも手が入らない(下手に解体すると、崩壊リスクが増えることも懸念)状況です。
このような条件で、既存鉄骨を補強するというよりも、いっそ交換して安全性を確保するべきという判断は、無理もでないすし、まっとうな考えです。
オーナー様から話を伺うと、これまで鉄鋼補強をしたことがなかったようで、40年分の腐食が累積して、棒で突くとパラパラと鉄が落ちてきて、オーナー様もかなり危機感を持っています。
オーナー様のご事情とご要望
とはいえ、オーナー様には建物の維持に関するご事情があります。高額な交換工事を避けつつ、安全を確保したいというのが本音です。
- オーナーチェンジの事情:以前のオーナーの補修方針やメンテ履歴に不安がある
- 工事予算:建物の残存年数を考えると、交換に踏み切れない
- 居住者への負担:大規模な工事は、居住者の生活に大きな不便をかける
- 利用制限は極力なく:工事中も廊下の使用を続けられるようにしてほしい
- とにかく安全を確保してほしい:崩落のリスクだけは今すぐ回避したい
補修工事や補強工事で40年分の腐食ダメージを完全解決することはできませんが、「安全」と「予算」の折衷案を提案しました。延命策には副作用がある旨、オーナー様にもご理解をいただき、補強工事をすることになりました。
参考:鉄骨階段の延命補修で達成すること、されないこと
「支える場所」を変える緊急補強プラン
腐食した鉄骨そのものを直すのが難しい以上、発想の転換をします。今回の補強の主軸となるのは、腐食の進行が比較的軽微だった「廊下の鉄柱」です。
工事概要は下記です。
- 基点:比較的強度が残っている「廊下の鉄柱」を補強の起点とする
- 方法:鉄柱同士を、新しく頑丈な「鉄骨の梁(はり)」で連結する
- 効果:新しい梁が、弱った廊下全体を下から支えて、崩落リスクを回避する
これは、弱った部分を直接治療するのではなく、健全な部分から力を借りて全体を支え直すという考え方です。
実際の工事例
実際の工事写真です。既存の鉄柱間に新しい梁を通し、廊下を下からと支える構造と荷重分散ラインを作り直します。
廊下と同様に腐食が激しかった階段の踊り場も、同じ工法で補強。床が抜ける危険性を回避して、ひとまずの安全性を確保します。
【注意】
この工事では、予算をギリギリまで絞って塗装や耐水処理をしていません。長期的な延命効果は限定的です。しかし、最大の目的である「突然の崩落事故を防ぐ」という点は達成できました。あと10年前後は頑張ってくれると思います。
まとめ:鉄骨の延命とは、なんぞや!
鉄骨設備メンテナンスにおいて、塗装や防水は非常に重要です。しかし、それらはあくまで「強度復旧した状態を維持するため」のものです。骨折している箇所に、上から湿布を貼っても治らないのと同じです。
ですので、経年劣化した鉄骨設備(特に築20年以降の鉄骨設備)のメンテナンスは、最初に鉄骨補修を行いましょう。
- 復旧工程:鉄骨の溶接補修と補強。弱った鉄骨の強度を復旧させる効果
- 延命工程:鉄部塗装と耐水(保護)。補強された状態を保護して、維持する効果
この順番が、鉄骨を延命させるための基本です。
今回の工事では「復旧工程」しか行えない特殊なケースでしたが、「もう打つ手がない」と諦める前に、専門業者の視点で別の角度から解決策を見つけられる可能性があります。アパートやご自宅の鉄骨廊下に少しでも不安を感じたら、お気軽にご相談ください。
参考:他社も断る「補強不能を補強する」鉄骨工事例
要約Q&A
Q:この工事は、どれくらいの時間がかかる?
A:工場加工と現地溶接工事で、通算で1週間ほどでした
Q:この工事は、どれくらいの費用がかかる?
A:数十万円です。ただし、工事プランによって変動しますのであくまで参考値です。とはいえ、交換工事の3分の1から半額くらいで収まらないと延命をする意味がないと思います
Q:この工事は、どれくらいの延命ができる?
A:10年前後は延命していけると思います。定期的なメンテナンスも必要です
Q:工事中、アパート居住者は廊下の通行はできる?
A:できます。安全のため作業中はお声をかけていただきたいことと、注意事項などを事前にお伝えしますのでご協力をお願いしております